東南海地震とは

東南海地震は、紀伊半島沖から遠州灘にかけての海域(南海トラフの東側)で周期的に発生する海溝型地震です。規模は毎回 M 8.0 前後に達する巨大地震で、約100年から150年周期で発生しており、東南海大地震とも呼称されます。
最新のものは、1944年(昭和19年)12月7日に、紀伊半島南東沖を震源として発生したものであり、元来「東南海地震」はこの昭和東南海地震を指す名称でした。この地震により、遠州灘沿岸(東海道)から紀伊半島(南海道)に渡る一帯で被害が集中した為に「東南海」と呼ばれるようになり、現在では過去の同地域の地震についても東南海地震と呼ばれるようになっています。東海地震や南海地震と発生がほぼ同時もしくは時期が近いなど連動する場合がありますが、震源域が異なっており別の地震に区別されます。

1944年(昭和19年)に発生した地震では、当時日本が太平洋戦争の最中で、軍需工場の被害状況などの情報が、日本の国民や敵国に漏れることを恐れた軍部によって情報統制が行われました。また翌8日が真珠湾攻撃3周年(大詔奉戴日)ということもあり、戦意高揚に繋がる報道以外の情報はより一層統制され、12月8日の各紙の1面トップはいずれも昭和天皇の大きな肖像写真および戦意高揚の文章で占められました。地震についての情報は、紙面の最下部のほうにわずか数行程度記載されただけで、しかも「被害は大したことはない」「すぐに復旧できる」といった主旨の、つまり実態とは大きくかけ離れた虚偽の内容が書かれただけでした。
また、被害を受けた各地の住民は、被害について話さないように、とする戦時統制に基づく通達が行政側から回りました。しかし、実際には日本の軍部のそのような狙いとは裏腹に、世界各国の震度計で地震は観測・記録されていたため地震は把握されており、翌日のアメリカ合衆国の主要紙は日本で大地震が発生したことを大きく伝えています。